種子島について

tanegasima

東京から、南へ約1,000キロ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の大型ロケット射場「種子島宇宙センター」と、ポルトガル人が伝えた「鉄砲」で有名な島です。本土最南端の佐多岬より南東40キロの位置にあり、一番高い山で282メートルと低く平らで、農地に恵まれた豊かな土地が広がります。南北に細長い形状が特徴的で、北から西之表市、中種子町、南種子町の1市2町に分かれています。人口は約30,000人、面積が約444.99平方キロメートル。全国有人離島の中で5番目の大きさです。

北からの寒流と南からの暖流(黒潮)が交わる場所であり、古くから日本と琉球、中国、東南アジア、西欧を海の道で結ぶ交易の中継地点として重要な役割を果たしてきました。
そのため、種子島はさまざまな文化や人を受け入れ、また、独自の文化を築いてきました。

今から1700年前~1300年前(弥生時代終末期~古代)にかけての集団埋葬墓の遺跡「広田遺跡」から出土された貝製品からは、南海産の貝を素材とした腕輪、首飾り、貝符等があり、その時代から南島文化との交流があったと考えられています。

また、漂着したポルトガル人からの鉄砲伝来(1543 年)、アメリカ商船カシミア号(1885 年)やイギリス帆船ドラメルタン号(1894 年)漂着時に乗組員を救助し、その当時に伝わったとされる海外のものや文化も数多くあります。

戦後になると、南は沖縄や奄美大島、北は日本各地から多くの開拓者が移住してきました。

そして、1969年には、日本の宇宙開発の最先端技術が集結した大型ロケット発射場「種子島宇宙センター」が設立されました。種子島東南端の海岸線に面しており、世界一美しいロケット発射場といわれています。

最近では、シーカヤックやサーフィン、SUP、スキューバダイビングやシュノーケリングなどのマリンスポーツがさかんに行われ、マリンスポーツがきっかけでの移住者もたくさん見られるようになりました。

このように、古代から今日まで、新旧さまざまなものを受け入れ、つないできた種子島は、今では日本でも唯一無二の「宇宙」と「歴史」のロマンあふれる島となりました。

また、種子島は1年を通じて豊かな農産物が栽培・収穫される食材の宝庫でもあります。焼くだけでスイートポテトのような甘みと食感を楽しめる大人気の「安納いも」、きびなごやトビウオなどの新鮮な魚介類、町文化財のインギー鶏を親に持つ「インギー地鶏」、安納いもを食べさせた「安納黒豚」、7月には収穫される超早場米「こしひかり」など、季節ならではの食材を1年中楽しむことができます。

美しい自然と最先端の宇宙技術、豊かな食材、そして何よりさまざまなものを「受け入れる」気質を持つ温かい人々が集まる島、それが種子島です。